一切テキストのない職種
工事が始まれば必ずお世話になるのが、この現場監督なのですが、たぶん、営業、設計、工事と続く建物完成までの流れの中で、もっとも難しい職種がこの『現場監督』ではないかと思います。
それは、営業であれば、たとえば「セールストーク」を例として、巷には営業テクニックを磨く本やテキストはいくらでも出回っています。
設計も同様に、自分のスキルを上げる方法はいくらでも存在しています。
しかし、こと現場監督という仕事に関しては、実はどこにも教科書が出ていないのです。
「職人をうまく使う方法」
「下請けを使いこなすテクニック」
「顧客を安心させる方法」
「工程管理をうまくする方法」
「下請を値切る方法」
なんてたぐいの本もテキストも講習会もどこにもありません。
実は現場監督の仕事を覚えるのは、現場で覚えるしかないのです。
それは、「職人から教えてもらう」「先輩から教えてもらう」といった、いわば職人が親方から技術を教えられ、見て覚え・・といった継承的な方法でしかないのです。
年令、キャリアの壁
伝承であり、現場で覚えるものだからこそ起こる障害があります。
現場監督という仕事は基本的に見習い期間などというものはありません。
もっとも最初のうちは上司や先輩の現場監督士と一緒に現場を廻りますが、しばらくすれば、部分的にせよ、会社の指示や図面の指示を職人達に伝えることになります。
その時に年令の壁が大きく立ちはだかります。
職人でも若手の30代の人では、20才からその仕事をしていれば足かけ10年のキャリアを持っています。
ところが学校を出て間もないかけだしの現場監督にとっては、10年のキャリアどころか、職人から見ればほとんどキャリアもないに均しい状態です。
そうなると若い現場監督が
『ここのやり方チョット違うんです。直して欲しいんです』といっても、
『え~。今までずっとこれでやってきたでぇ。今まで誰からも指摘もされなかったで~』なんて返事でもかえってこようものなら、
・・・えっ。今までOKだったの。会社で誰も言っていなんだ。
・・・じゃぁ。自分が間違っているんだろうか・・・と考えてしまいます。
あるいは、『施主さんから変更が出たんです』と言う話も、気の荒い職人にかかると、『お前ら言っててくるだけやろ。直すのはワシらや』と手荒な愚痴がかえってきます。
職人だって、悪気はなくても、面と向かって誰にも言えない愚痴の一つも若い現場監督なら平気ですね。
そしてなによりも、サイディングの正しい施工方法なんて、学校では教えていません。コンクリートの正しい打ち方もそうです。全て自分で調べるしかなく、そうなると、なんと言っても若いうちは職人のキャリアには、とてもとてもかないません。
20代後半では現場監督として独り立ちの準備段階。それでも気質の強う職人には押されます。
30才を超えると経験も身に付き、やっと独り立ち。
そしてこの道20年も現場監督をしていれば、失敗も経験も積んだベテランの域。手の抜き方も心得ています。
この世界では2.3年はひよっこ同然。10年経ってやっと一人前という長い時間がかかるのです。
「う~ん。職人さんにはどう声をかけて良いんだろう」
あなたが現場に出向いても「むすっ」と大工さんがしている。
全く同じことを、現場監督一年生は経験するのです。
とっつくにくさの理由(わけ)
現場監督というと、つい「どういって声をかけたらいいのだろう」とか、「変なことを言って気を悪くされたら」と気を使う人もいますし、いずれにしてもやや「とっつきが悪そう」と感じる人が多いのが特徴かも知れませんね。
でも、その見方は半分正解です。
と言っても全ての現場監督に共通というほどではありませんが、そうなる理由があります。
それは、そもそも現場監督という仕事は、対人関係の勉強や訓練あるいは教育を受けたことがない人がほとんどです。
逆な言い方をすれば、口べた、説明下手な人が非常に多いのが特徴です。
「大丈夫です」とひと言の説明で済まそうとするのはある意味でその典型です。
このことは家を建てるときに接する営業マン、設計者と比較すれば分かりますが、 営業マンは、自分から売り込まなければ誰も相手にしてくれない・・・というのがたたき込まれている仕事ですね。
設計者もお客さんと打合せをしながらしないとプランすらまとめることが出来ません。
ところが工事現場は、図面というものが揃っていれば、基本的には建築主の方がいなくても建物は建っていきます。建てることが出来ます。
そして、現場監督は実際に仕事をする職人には説明をする必要がありますが、「お客さん」には説明をする場面はほとんどにありません。
気まぐれに訪れる「お客さん」だけが相手です。
つまり、どうしても建築主の人と話をしなければならない・・という必然のない仕事です。
その結果、勢い、説明下手で、口べた・・といった人間が振り向けられますし、逆に言えば、そういう人間だからこそ、自分では営業マンに向いているとは思わず、現場監督の道を選ぶ人も多いかも知れません。
建築主に自分から話を仕掛けなければ仕事が成り立たない営業マン。
協調しなければ仕事が成立しない設計者と対極の関係のいるのが現場監督なのです。
いつも、いつも職人たちとあるいは下請の担当者たちと専門用語、業界用語でなおかつ、短い言葉で用が足りるような場面ばかりを経験していると、たまに現場を訪れる「お客さん」に対して、つい、どう説明をして良いかわからない。
わからないから「大丈夫です」という短いフレーズしか出てこない人もいるでしょう。
(もちろん、何も知識が無く、無責任に大丈夫ですと入っている現場監督も多いのは事実ですが)
このようにかんがえてみると、現場監督のとっつきにくさも多少は理解できるかもしれませんね。