欠陥住宅と慰謝料

欠陥住宅などの工事のトラブルがあると必ず聞かれる質問の一つに慰謝料があります。
「今回の場合、慰謝料はいくらぐらいが妥当ですか?」

慰謝料とは、民法710条で規定されているもので、
第七百十条(財産以外の損害の賠償)
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
と、書かれています。身体や財産権以外の損害で、慰謝料とは普通、精神的苦痛をさします。

ところがこの法律、何でもかんでも適用出来るのか、と思うと大違いで、実際には不法行為などの法律に違反した行為が原因で精神的苦痛を受けた場合にしか基本的に適用されません。

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不法行為ってなに?

では、不法行為とは何かというと、法律で決められているのに、その権利を侵害された状態のことで、簡単な言い方をすれば法律違反をした行為(建物の場合は違法な設計や違法な工事)があったと考えればわかりやすいでしょうね。

第七百九条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
・違法建築を作った
これは不法行為です。法律に違反した建物を作ったのですから。
・交通事故を起こした。
ほとんどの場合、何らかの道交法違反を伴っていますし、
業務上過失致傷、致死なんて言う言葉もよく聞きますね。
交通事故の慰謝料は比較的馴染みのあるものですね。
・傷害事件を起こした
もちろん、傷害罪で不法行為です。相手に賠償能力があれば慰謝料を請求出来ます。
・不倫をした(不貞行為)
これは民法上の離婚理由になっています。(民法第770条離婚理由)
慰謝料ふんだくりのための最大の請求ポイントでしょうね。
・夫婦間で暴力があった(DV:ドメスティック・バイオレンス)
これも暴力行為は犯罪行為ですから不法行為です。
離婚での慰謝料は、これら不法行為が元で認定されるケースが多いようです。

不法行為でないもの

では、次はどうでしょうか。
・工期内に建物が完成出来なかった。・仕上げ方が雑だ。
前者は契約違反(債務不履行)ですから、不法行為ではありません。相手の能力が至らなくて工期が3ヶ月も延びたとしても、あるいは後者のように雑な工事をしたとしても、法律に違反した工事をしたわけではありませんね。基本的に慰謝料は請求出来ません。

・基礎のジャンカ(砕石ばかりでセメントの入っていない粗な部分)が多量にできたため、基礎をやり換え工期が遅れた。
原因は法律違反ではなく、施工不良(瑕疵担保責任)ですから、不法行為ではありません。 瑕疵担保責任とは、その製品にあるべき性能が備わっていなかった状態を言いますが、基礎にジャンカが多くできたのだから、あるべき性能にするために瑕疵の責任を取ってやり変えた。という話ですから、法律違反をしたのではありません。

言い換えれば、どんな法律があるのか。どんな法律が自分たちを守っているのか、どんな権利があるのかを知っていない限り、何が不法行為なのかは分かりませんね。

補足

遅延損害金
上の工期が遅れた、というだけでは慰謝料は原則請求出来ませんが、この話と遅延損害金が請求できるかどうかは別の話ですよ。契約書に遅延損害金について書いてある契約書ならその取り決めに基づいて請求すればいいですし、何も書かれていない場合は、発生した損害額の実費、たとえば遅延した期間の家賃や、年をまたいで遅延してしまった場合住宅ローン減税が受けられませんが、それらの遺失損失分を遅延損害金として請求する権利を持っています。

工事の出来不出来
上の例の工事の出来不出来も、立証は難しいですが、理論上は、民法で請求可能です。民法では仕様レベルが何も書かれていない場合は「中庸なものとする」という規定があります。あまりにひどい仕上げは、この条文を盾に損害賠償の権利を行使することも可能です。ただし、中庸とは何かを立証するのが難しいところですが。

いずれの場合も、慰謝料と損害賠償は請求根拠が全く違うのだ、と考えておきましょう。

最近の風潮 慰謝料と迷惑料の混同

最近の風潮として、もう一つの傾向は「慰謝料」と「迷惑料」的なものを混同して考えている傾向が強いということです。

確かに、工事が不良で、それをやり変えるために多くの時間がかかったり、交渉を行い、家族間でもめ事が多くなったり、精神的な苦痛が生じるのは違法工事であろうが、雑な工事であろうが、どんな場合でも同じです。
でも、慰謝料といわゆる迷惑料は根拠が違います。
慰謝料は、不法行為があったために発生したもので、法律的にも請求する権利が認められています。しかし、迷惑料は、民法にもどこにも規定はありません。

いわば、迷惑料は、当事者間のトラブルの解決方法として人間社会が生み出した、「不始末を穏便に納得してもらう知恵」とも言うべきもので、法律で認められた権利ではありません。

当然仲裁者もなく、当事者同士で決めなければ誰も決めてくれない性質のものですし、相場があるわけでもありません。相手がそんなものは支払えない。といえば、法的根拠のあるものではありませんから、支払ってもらえません。
注:慰謝料も当事者で解決できない場合は、裁判所の判決を待つことになりますが。

このことを間違って、あたかも「もらう権利があるのだ」と勘違いすると相手との溝はますます大きくなってしまいます。

では、最近の代表的な欠陥住宅の判例で、慰謝料はどのように扱われているのかを見てみましょう。出典は「消費者のための欠陥住宅判例第3集・民事法研究会」です。

そのまえに、下の表をサッと眺めて次の点を確認しておきましょう

提訴から判決までの期間

下の17の判例を例に取れば、早いもので1.5年、長いものは提訴から判決まで4年もかかっています。判決の平均的な目安は、約2年です。 (和解の場合は、もう少し早い)
しかも、この本に出ている裁判の詳細を見ていくと、どう考えても違法建築、違法工事なのに、相手が徹底抗戦している場合がほとんどです。
普通、裁判になったとしても相手が自分の非を認めた場合は、判決に至らず和解になるケースが多いようですから、この本の事例自体は少し特殊な部類と言えなくはないです。(被告たる住宅会社が、絶対に非を認めず徹底抗戦する意味で・・・)

そういう意味では、相手も非を認めているが当事者間で妥協点について合意出来なかったようなケースでは、裁判になったとしても比較的解決は早いかも知れません。妥協点(着地点)の違いだけですからね。
でも、あなたは欠陥だと思っている。相手は欠陥とは考えていない、といった場合は裁判も長引くかも知れませんね。

法律構成

法律構成とは、いわば刑事事件の罪状みたいなものです。ほとんど例外なく、欠陥住宅の訴求条文は、瑕疵担保責任、不法行為、債務不履行の3つしかありません。
もし、裁判まで考えている方、相手と対等に交渉したいと考えている人は、この3つの用語の意味を徹底的に理解しておかないと自分が何を根拠に、相手に交渉をしているのかが分からなくなってしまいます。
・私はあなたの債務不履行を問題としているのだ。
・私はあなたの工事の瑕疵を問題としているのだ。
・私はあなたの行った不法行為を元に戻せといっているのだ、といったことですね。
これが理解できれば、相手よりも完全に優位な立場で交渉することが出来ます。なぜなら、法律的権利を知った上で、明確な法律的根拠に基づいて交渉しているのですからね。(情けない話ですが、多くの場合、自分が法律上守るべき義務すら知らずに不良な工事をしている場合があり、あなたがやったことは○○に反しているのだ、と具体的に突きつけられて初めて、自分の過失に気づくことがよくあります。)

瑕疵担保責任 作られた物が要求された性能に達していないものあるいは状態。
あるいは基本的な要求水準に達していないものあるいは状態。
不法行為 違法な状態、あるいは行為で作られた。
違法建築
債務不履行 契約違反。約束と違うという意味。
工期の遅れ、仕上げの善し悪し、違う商品の納品など。

提訴金額

もう一つこの表で大事なことは、提訴している金額です。最低でも1891万円で、2000万円、3000万円クラスがずらっと並んでいますし、高額なものでは、7000万円、9000万円といったものもあります。もちろん弁護士費用なども含んでいますが、それでも40坪の住宅であれば、十分に建て替えできるほどの金額です。
それだけ大きな被害を受けた上での提訴であったことも見逃してはなりません。

慰謝料の現実

では、慰謝料はどうでしょうか。

17の判例のうち、慰謝料を請求しなかったのは6件。慰謝料を請求しても認められなかったものが3件。そして、認められたものが9件です。認められたものは全体のわずかに半分程度です。
不法行為があるのに、なぜ慰謝料を請求しなかったのか。また、慰謝料の額をどう考えるかはそれぞれの受け止め方次第ですし、実際には事件の細かな背景を知らない限りうかつな判断を下すべきではないでしょう。でも、ときには14番の事件のように、裁判官によっては、途方もない慰謝料を認めてくれる人もいます。

そもそも、判決文に出てくる表現も、慰謝料の金額の根拠などまったくなく、ただ「誰それの精神的苦痛を慰留するには、●●万円をもってするのが相当である」と書かれてあるだけで、なんの根拠も示していません。。まぁ、いい加減なものです。慰謝料の査定は。。。。。

番号 提訴時期
判決時期
裁判所 法律構成 損害請求額
判決の額
慰謝料 代表的訴因
1
H11
H13.9
京都地裁 瑕疵担保
不法行為
3064万円
287万円
請求せず 構造・防火上の瑕疵
H14.9 大阪高裁 同上 3064万円
2013万円
請求せず
2 H12
H14.9
松山地裁 瑕疵担保
不法行為
2311万円
2256万円
250万円 木造不同沈下
3 H13
H15.3
釧路地裁 瑕疵担保
不法行為
2565万円
1865万円
100万円 床下浸水
行動に接していない宅地
4 H13
H15.9
京都地裁 瑕疵担保
不法行為
4378万円
3702万円
請求せず 耐震性不足
5 H11
H16.2
京都地裁 瑕疵担保
不法行為
5932万円
4318万円
請求せず 木造4階建てという違法建築
6 H11
H14.6
東京地裁 瑕疵担保
不法行為
債務不履行
7289万円
6132万円
200万円 200角の柱に100角の柱を使用
8 H14
H15.11
大阪地裁 瑕疵担保
不法行為
3720万円
498万円
請求するも
0査定
鉄骨造・中古住宅
9 H10
H14.5
盛岡地裁 瑕疵担保
不法行為
3529万円
2405万円
1000万円の請求に対して100万円 構造不良
10 H10
H14.6
大阪地裁 瑕疵担保
不法行為
債務不履行
2727万円
1903万円
300万円 木造不同沈下
11 H13
H14.7
京都地裁 瑕疵担保 2100万円
1367万円
200万円の請求に対して認めず 構造不良
12 H11
H14.8
仙台地裁 瑕疵担保
不法行為
3552万円
3101万円
100万円 施行不良全般
14 H10
H14.11
神戸地裁 瑕疵担保
不法行為
債務不履行
7590万円
2855万円
1372万円に主張に対して900万円 基礎の瑕疵
15 H10
H15.9
長野地裁 瑕疵担保 1891万円
1116万円
請求せず 構造・施行不良
16 H11
H15.12
仙台地裁 不法行為
債務不履行
3068万円
1663万円
10万円 基礎の瑕疵
17 H7
H15
名古屋地裁 瑕疵担保 4388万円
3373万円
100万円 基礎コンクリートの強度不足その他
19 H12
H16.2
京都地裁 瑕疵担保 9985万円
2721万円
請求せず
21 H11
H14.9
京都地裁 瑕疵担保
不法行為
債務不履行
2689万円
1927万円
200万円請求するも否認される 増改築の構造的瑕疵
弁護士費用も否認される

・損害請求額は、実際の損害額や弁護士費用、建築士の鑑定費用など一切の費用を合算したもの。
・判決額は、その中で認められた金額の合計
・慰謝料の金額は判決額の中に含まれています。
・複数で提訴した場合の慰謝料は一人一人に提示されますが、この表では一人当たりの慰謝料の額を書いています。

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