ギリギリの耐震性とは

このサイトでは、サポートサービスを受けられた方の建物すべてに、耐震性能のチェックをしています。
その平均像では、軸組工法で等級2程度の耐震性が確保されており、2X4工法では等級3前後となっています。(等級は3項参照)
しかし、今までチェックした数百棟の建物の中で、時々、建築基準法ギリギリの耐震性しか持ち合わせていない建物にぶつかることがあります。
基準法ギリギリの耐震性は安心出来るのでしょうか?

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2つの建売住宅の強度不足事件

強度偽装事件のほとぼりが冷めようとしていた昨年(平成18年)6月、関東を中心に手広く戸建て分譲住宅を販売している一(はじめ)建設が、2000年から関東地方などで建て売りした木造2階建て住宅のうち、681棟が強度不足で、補修工事を始めた。と発表しました。欠陥率は、3万棟近い施工棟数と解すれば、681棟は、実に2.3%に当たります。
補足:この報告では、いずれも自社の設計者ではなく、外注の設計者であったと報告されています。
補足:これを受けてこの年の12月11日、国交省では、これらの設計に関わった建築士5名を建築士の免許取消処分とし、この時点でさらに4名が設計に関わっていたとされています。(その4名の処分はこの時点では不明)

つまり、大手住宅販売会社でさえ全棟数の2%以上の建物で建築基準法を満たしていない建物があったのです。
では、建築基準法ギリギリの建物は、どの程度の耐震性なのでしょうか。
よく聞く言葉で、『この建物は建築基準法を満たしているから大丈夫です』という言葉をよく聞きます。

それは、本当なのでしょうか。ここに、ある研究チームが実物大の実験をしたデータがあるのでご紹介しましょう。

基準法ギリギリの建物は大きく傾く可能性がある。

国土交通省の外郭団体である(財)建材試験センターが中心となっている「木質構造建築物の振動試験研究会」(委員長 坂本 功慶応大学教授)では、平成18年8月、建築基準法ギリギリしかない耐震性の建物と、耐震等級2及び3をクリアした実物大の建物3つを用意し、阪神大震災と同じ地震動を加えての実物実験を行いました。

その結果、右の写真のように、基準法ギリギリの建物は倒壊はしなかったものの、大きく傾き、今まで言われていた『基準法をクリアしていれば大丈夫』とは言えない実験結果が出ています。(写真は建材試験センター)
それ以外の等級2(基準の1.25倍の耐震性)では壁板が浮いたり、柱のかすがいが抜けかかったりしたが、倒壊はせず、等級3(1.5倍の耐震性)は一時変形したものの、構造部分はほぼ無傷だった。と報告されています。

また、阪神大震災の時でも、大きな被害の出た地域では、下表のように昭和60年以降の新しい建物でも8%程度が倒壊し、27%程度が大破・中破しています。(注:昭和55年以降、耐震基準(必要な耐力壁の量)は特に変わっていません)

実験結果、阪神大震災1500棟の結果を考えると
建築基準法ギリギリの耐震性の建物は、地震に対して必ずしも安心とは言えない。

注:実験方法に少しクセがあるので、実験結果を100%利用出来ない(次項参照)

なぜ基準法をクリアしない建物を設計するのか

1.審査されない

最大の理由は、建築士が設計した建物では、確認申請時に構造関係の審査を免除しているため、間違ったことを設計していても指摘されないからです。(木造2階建ての建物のみ・軸組工法、2X4工法とも)
注:この事件を契機に法改定され、今後2年以内に審査対象に付け加えられることになりました。

2.小屋裏収納を含めない

小屋裏収納などは、ある一定の限度を超えると建物の床面積に含めて壁量計算をするような法改定されましたが、上記のように確認申請を提出しても、これらの部分は審査されないため、法改正を知らないまま設計している場合があります。

3.耐力壁の有効幅

一般的には、筋交いなどは幅90cm以上、合板などを使った面材耐力壁で幅60cm以上が構造上有効な長さとされていますが、短い幅の耐力壁を配置しても、審査されていないため、間違いを間違いと知らずに設計している場があります。

実験のクセ

下の図は、2つの実験棟の耐力壁を図示したものです。
前項の説明で、この実験には少しクセがある。と書きましたが、その理由は、1)外壁や室内壁の仕上げをせず、構造体だけで実験をしている。(それらの荷重要素は2階に同重量の鉄板をおいて代用している)。2)準耐力壁を多用している。3)基準法ギリギリの建物棟も準耐力壁を加味して基準法ギリギリとしている。(本来は法規不適合)という部分です。
1)の耐力壁ではない室内外の壁(雑壁)も、その建物の耐震性を1~2割程度向上させる側面もありますが、これらは無視されており、
また、2)の準耐力壁を多く採用しているため、耐震等級3といっても、耐力壁ばかりの建物に比べれば、実体上の強さは少し低下するだろう、と考えられ、
3)の基準法ギリギリと言いつつ、法規では認められていない準耐力壁を加味して基準法ギリギリの耐震性として実験しており、耐力壁だけでの実力は昭和54年以前の耐震性に近いと考えられます。
注:耐震等級2.3では、準耐力壁は加味出来るが、等級1(基準法)では、準耐力は加味出来ない。(準耐力壁は下記参照)

つまり、上記のように一部実態や現行法規を反映していない実験のため、これを持って基準法ギリギリの建物はダメ。とは言えません。
しかし、問題なのは、設計者の中には、前項の建売住宅の強度不足事件の原因のひとつであった法改定を知らなかったり、耐力壁の有効値を知らないなど、建物の耐震性に、何らの知識もなく、さらには、性能表示の耐震等級の事も研究せずに、ただ漫然と、『基準法さえクリアしていれば大丈夫だ』と本気で考えている設計者もいるのだ。という現実なのです。

昨年のサポートサービスでは、基準法ギリギリの耐震性の建物が2.3件、壁量計算書がまともに作成できない設計者も2人ほどいました。あながち、前項の欠陥率2%越えは、客観的な全国値かも知れません。

怖い話ですが、建築基準法ギリギリの耐震性の建物は、設計者の力量を知る一つのバロメーターかも知れませんね。

日本語の曖昧さ

耐震性は価値判断

法律は最低限のことしか書いていません。それをクリアすれば法律上の瑕疵はありません。
しかし、どんな性能の建物を設計しているのか。あるいは売っているのか。そして、求めているのかは、それぞれの人の価値判断です。
なぜなら、法律を基準とするなら、1000ccだけの自動車があればよく、1500ccの自動車も2000ccの自動車も必要ないのですから。

もし、建築基準法ギリギリの耐震性しか備わっていない建物だったら。

『あなたの考え方は、地震を受けたときに建物の下敷きにはなって人間が死ぬことはないが、建物は大きな被害を受け、莫大な補修費用が必要かも知れない。という建物なのですね』

という軽~いジャブを相手に投げかけてみましょう。

世の中で、耐震性やその基準が曖昧なのは、同じ耐震性の建物でも、建物の形状や間取り、耐力壁のバランス、地盤の強さなど、建物の耐震性以外の要素も影響するために、計算式のように一律に論ずることが難しいという面もあります。

しかし、もっと大事なことは日本語の曖昧さなのです。

『大丈夫です』という言葉は、実は、その言葉を言う人と、受け止めた人の解釈次第なのです。でも、より詳しく提示した資料があります。

基準法ギリギリの耐震性とは。

性能表示制度にある耐震等級の説明の中で次のように述べられています。

赤字の部分の日本語を正しく読解してみましょう。

震度6強から震度7の地震に対して、倒壊せず、崩落せず、と書かれています。これをわかりやすい言葉に置き換えると、

震度6強から震度7の地震に対して、建物が倒れ落ちず、崩れ落ちない程度の強さ・・・ということですね。
左の写真の状態では、 全壊判定となるのでしようが、少なくとも、倒壊はせず、崩壊はしていません。 人は死にません。

つまり、建築基準法ギリギリの耐震性とは、地震を受けたときに建物の下敷きにはなって人間が死ぬことはないが、建物は大きな被害を受け、莫大な補修費用が必要かも知れない。という基準なのです。

そのような建物を設計し、あるいは販売しているのに、『大丈夫です』という言葉で、売り手も買い手も納得してしまう日本語の曖昧さ。そして、法律の曖昧さ。さらには、その基準の意図を誰にも明確に伝えない国の曖昧さが耐震性の話をよりわかりにくくしているのです。

震度6強から震度7の地震に対して、建物が倒れ落ちず、崩れ落ちない程度の強さ、人間が建物の下敷きにならない程度の強さを妥当とするかどうか、それはあなたの判断です。

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