『傾き』事件

人間って、結構鈍感な生き物です。
傾いていることに気づく人。気づかない人。
その違いはどこから来るのでしょうか。
私が遭遇した『傾き』事件2題です。

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バレリーナが気づく傾き

こんなご相談をいただきました。
「賃貸マンションに入居して20日程経過しました。
引越し後の数日、忙しさと疲れでわからなかったのですが、ある程度荷物を片付いて床にコタツを置いて座っていると床が傾いている、後ろが下り坂の斜めで+右側が下がっていて座り続けるのがしんどいと30分も経たないうちに思うようになり、場所を変えてもとにかく平らな場所がなくて1時間と座ってられないことが分かりました。」

それで調査をして欲しいという依頼を受けました。

ところが、

水準器で床の水平度を調べても、確かに傾きはあるものの、3つある部屋の内、2つは部屋の隅と隅で2~3mm程度。1室は大きいところで1cmあったところもあったのですが、極めて局所的で、床全体が大きく傾いているわけではありません、

「この程度の傾きはどの住宅にでもありますよ」
と話を続けていると、
「私。クラシックバレーをしているのです」

そしてさらに話をしていると、
「バレーって垂直がとても大事なのです」と言い出すではありませんか。

この話を聞いて何となくわかってきました。
クラシックバレーってテレビでしか見たことはありませんが、確かに背筋をピンと伸ばしています。それを軸に回転したり、ジャンプするのでしょう。
だから、座っているときでも無意識に垂直に体を立てる(伸ばす)クセがあるのかもしれません。
そうすると、少しの床の傾きでも片方が浮いていることがわかります。
だから、「床が傾いている」という感覚になったのかもしれません。

もっとも、計測してみる限りでは「場所を変えてもとにかく平らな場所がなくて」なんて状態ではないのですが、一度「傾いている!!」と思ってしまうともうダメなのかも知りません。

職業からくる感覚って怖いですね!

この方も、たぶんですが、歩道を歩くとき、駅のホームに立つときは「傾いているんだ」という前提で歩くから気にならないのでしょうが、ひとたびリラックスモードに入ると、少しの傾きが気になってしまう。いつ職業的感覚を研ぎ澄ますかをよ~く考えていないと大変です。
ちなみに、上のイラストは0.5度傾けています(右下がり)。図を見て傾きがわかればあなたの平衡感覚はプロフェッショナルの領域ですよ。

未乾燥材の壮大ないたずら

建物が傾く・・・!
不同沈下がよく知られていますね。

ところが人間は案外鈍感なもので、だいたい6/1000程度の傾きにならないと傾きを感じません。 6/1000とは、6帖の部屋を対角に測って27mmの傾きがある状態です。

梁が縮み、一部の床が下がる

この事件は、四国のある県庁所在地の街で起こった事件です。
築2年後。窓の開け閉めが硬いなどの異変から、その家の人が部屋が傾いていると気がつき、計ると 下図のような6帖の部屋の対角で20mmの傾きが生じていました。
普通、不同沈下は建物全体がある方向に傾くのですが、ここでは部屋と部屋との間が沈んでいたのです。
結局、試行錯誤の調査の結果、使われていた梁(下図、赤色の梁)がたまたまそこだけグリーン材(未乾燥材)で他の梁が縮んでいないのに、その梁だけ縮んでしまったのです。
梁の高さが45cm前後必要であったため、乾燥材では手持ちが無く、未乾燥材を使用したようです。

ちなみに、木材は乾燥過程で数パーセント程度体積を小さくしますので、梁の高さが45cmであれば、2~3cm程度は縮んでいったのでしょう。

しかし、不思議なことはそのことではありません。

実は、沈下がゆっくりゆっくり2年程度を掛けて進行したために、壁のクロスも、アルミサッシの窓も、木製のドアも、きれいにその傾きになじむように引きずられて、ひび割れ一つ無く、床の傾きに同化して傾いていたのです。

人間には歩くときのクセがあり、靴のかかとの片方だけがすり減っていく人がいます。私もそのタイプです。均等にすり減ってくれません。
しかし、片方がすり減った靴を履いて歩いていても、その傾きになれているので全く不快感を感じません。

この住宅も、ゆっくりゆっくり、靴のかかとの片方だけすり減るように、ゆっくり、ゆっくり沈下が進行していったために、壁に割れ一つ無く、床の傾きになじみながら傾いていったのです。

あんなに硬い石膏ボードが、ねじればすぐに割れる石膏ボードが、床に引きずられて歪んでいっているのにひび割れ一つおこさない。自然の不思議を感じた事件でした。


傾き事件。
いかがでしたでしょうか。
木材が起こす、摩訶不思議な現状。
研ぎ澄まされたプロが感じる絶対水平の感覚。

どれも

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