なぜ軟弱地盤が多いのか?

以前のサイトにあったブログにいただいたコメントの中で、「好きで弱い地盤の上に住んでいるんじゃないワイ」と言われた方がいましたが、その言葉自体はその通りです。
ではどうして軟弱地盤が多いのでしょうか。
その疑問を解く鍵は実に簡単です。

その答えは「人口増加と経済効率性」

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人間は上下運動は苦手

考えれば誰でも気づくことですが、1,000mの平坦な道を歩いても15分程度で歩くことが出来ますが、1,000mの高さの山に登るのは、1日かがりでしょう。
人間はもともと上下移動が大の苦手です。

ということは、物の移動も水平移動の方がコストも安いです。

人口爆発

右の図は、統計のある明治3年、終戦時、現在の3つの日本の人口を表しています。
それぞれ77年、65年の間に人口が倍増しています。しかし、上の説明のように、平坦にところに誰も住みたがりますし、物流も平坦なところ同士でやる方がコストも安いですね。
つまり、平坦なところ、しかも交通機関が整い、かつ、職住接近であれば言うことがありません。
人が増えることは生産性、国力が高まることですが、反対に下の弊害も生まれてきます。

人口増加は、その人が食べて着るための大きな生産地を必要とする

ところが、人が増えると言うことは、それだけの食料や衣料等々が必要になり、今までの耕作地だけでは足らなくなり、人が住む家の面積をはるかに超える生産のための土地が必要になります。

とすると、居住地も限れらてしまいます。

土地の成り立ち

一方、土地の成り立ちそのものに目を転じれば、人間が好む平坦地は、山からの土砂が億年、千年の単位で体積していったものです。

しかし、それだけでは人口増加の対策にはなりません。
海を埋め立て、沼を埋め立て、河をせき止めて土地を作り、あらゆる場所が土地になるように開発してきました。当時大都会だった江戸でさえ、東京駅から東側は海でした。

それを江戸時代からの開発に次ぐ開発で現在のような東京ができあがったのです。
大阪も同様に、橋が多いですが、基本は東京の原点と同じ、川面だったのです。

つまりは下の図のように、後背湿地ですから、軟弱な地層なのです。
そして、江戸は八百八町・・といいますが、最初は300町程度だったものが開発に次ぐ開発で800町をはるかに超える大きな街に大変貌したとか。

それでも足らずに、山や崖を崩してよう壁という近代工法で造成地を作り、深さ20mもの沼地を埋め立てて宅地とすることも行っています。

簡単な話が、水平移動が楽だ。職住接近が良い。生産のための土地の必要だ。そうすると宅地は限られる。土地がないから、どんな場所であれ宅地にせざるを得なかった。
それが住宅地の半分近くが軟弱地盤であるという事実に還っているのです。

東日本大震災の復興でも、やっばり海の近くで家を再建したいという人と、海から離れたいという人に分かれています。前者の方は、どちらかというと職住接近が良いと考える漁師さんなどが多いようですが、津波被害を受けた地域でも、基本的に平坦な土地が少ないです。
都市部では軟弱地盤が多いという宿命を抱えていますが、山間部や地方では、逆に平坦な場所が少ないという問題を抱えています。

それは、上に上げた水平移動、移動コスト、職住接近、人口増加等々人間そのものと、日本が置かれた宿命的な要素なのだと考えておくべきだろうと思います。

でもこれからは人口減少社会です。
エネルギー問題同様に、土地にまつわる価値観はどのように変わっていくのでしょうか。

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