最近、物事を自分だけの尺度で判断したり、自分の尺度で工事の文句を言っている方が多くなっています。 あるいは、明らかに建築会社に非があるのに、どう交渉して良いのか分からない方も多くなっています。何か問題が生じたとき、判断の基本になるものには 1.法律で明記されていたり、技術的ルールがある事柄 2.多くの事例などから社会的コンセンサスが得られているような事柄 3.指針や基準がないもの の大きくは3つに別れます。事例を考えてみましょう。1.法律で明記されていたり、技術的ルールがある事柄 | 写真(左):かぶり厚が3cm程度しか無い。 写真(中):筋交いを切り欠いて金物が付けられている。 写真(右):土台を完全に切り欠いている。
いずれも明確な法令違反ですから、相手が反論すべき余地はありません。 日常生活の場面でわかりやすい事としては、スピード違反や信号無視などはその典型例ですね。これらは現実に存在している明確な法律に基づいて判断が出来る場合です。 問題事例: ホールダウン金物が入っていないじゃないか!! 2X4工法で建物を建てている方が、ハウスメーカーに怒鳴り込んできました。 「ホールダウン金物が付いていないじゃないか」 この方 は、軸組工法と2X4工法をごっちゃに考え、また、確かに多くの2X4工法では、ホールダウンを建物四隅に設けている会社が多いのですが、2X4工法の2階建ての建物では、ホールダウンは取りつける必要はないと法律で決められているのに、ホームページやブログの見過ぎで誤解してクレームを言ってきました。
写真(右):アンカーボルトが土台の端に寄っています。このままで大丈夫でしょうか? 写真(左):土台がぽっかりと割れています。このままで大丈夫でしょうか? こういった事例も、素人の人にはなかなか判断が付きにくく、どちらかというとマイナス側に考えがちな事象です。でも、経験豊富な技術者なら容易に判断出来る事柄ですね。 それを素人判断すると、不安心理だけがが先に立ちます。 問題事例:鉄筋が錆びている!! おかしい。不良品だ。 鉄筋は、コンクリートとの付着性をよくするために「錆止め処理」は一切しません。そのために、工事中雨に打たれれば、ある程度錆は発生しますが、コンクリートに囲まれた時点で、錆の進行はストップし、表面上の微々たる錆なので強度にも影響を与えません。 しかし、そういう理由でわざと錆止めなどをしないのだという事を知らず、錆=不良品と考えたのでしょう。 もちろん、この業者は、『手抜きをする業者』と誤解されてしまいますね。不良品+手抜きで業者にとってはダブルショックです。 . | 2.多くの事例などから社会的コンセンサスが得られているような事柄 | 問題事例:階段を歩いたら、頭が当たっちゃいました。 引渡検査の時にこんな事が起きたら、あなたは、どういう事を要求しますか? 階段を昇降するたびに、頭を下げなくてはならない階段は、『社会常識』から照らしておかしいですよね。。。。 でも建築会社は、何とかこのままで受け取ってもらえないかと思っていたようですが、『あなた(業者に対して)は毎日、階段の上がり下がりに頭が当たるのを気にしながら生活しているのですか』という一言で、業者はあっさりと是正をすることを認めました。 判断ポイントは、社会的コンセンサスです。 あまり良い例ではありませんが、交通事故の過失割合がそうですね。何万件、何十万件の事故例から保険会社がまとめ、双方が納得出来る過失割合が多くの事例でまとめられています。 . |
■思いこみ、自信過剰型 建築主 良い悪いを自分だけの尺度で考えていませんか?? 最近多くなっているのが、上の事例のように、問題施工でもないのに、ネット情報などの見過ぎや、偏った情報を集めすぎて不安になり、多くは誤解に基づいた判断をして問題施工だと誤解し、建築会社を困らせているケースです。 上のホールダウンの事例では、建築主の方が、自分の得た知識の中から、『欠陥だ。あるいは問題施工だ』と考えたのですが、法的には、『欠陥でも、問題施工』でもなんでもありません。 でも多くの場合、建築会社の説明下手もあって、お互いの尺度が異なるために、話し合いは平行線です。建築会社は、『技術的な指針や法令』を尺度とし、建築主は『見聞』 を尺度としているからです。 そして、これらも客観的第三者(セカンドオピニオン)の意見を聞けば簡単に解決出来るのに、それを思いつかず、こういう方は自分の集めた知識を過信し、自分の判断に間違いがないと思いこんでしまう傾向があります。 鉄筋の錆びもよく生じる誤解ですが、まさに世の中の品物はきれいなものばかりだ、という『自分勝手な思いこみ』から、錆=不良品という短絡的な判断を下す人が多くなっています。
■自信喪失・弱気型 建築主 交渉の基本は、誰もが納得する尺度で計ることです もう一つは、上とは逆の明らかに建築会社に非があるのに、あるいは十分に是正要求などを出来るのに、自分たちの言い分が正しいのだろうか。どこまで主張出来るのだろうか、と悩んでいる場合です。 3の『何も基準が無い』場合に多く起こりがちです。 そのポイントは、何か問題が生じたとき「万人」はどう考えるだろうか。ということです。 交渉事で、絶対に相手が言い逃れ出来ないこと。それは、10人中10人と言わなくても、10人中7.8人は間違いなく、こう考えるだろう。こう判断するだろう。という社会的常識、社会的コンセンサスという尺度で、あらゆる物事を計ってみる、ということなのです。 あなたが悩んだときに、この現象や事態は、誰が考えてもこう判断するのだろうか。と問いかけることなのです。 『万人』の意見。言い換えれば社会的コンセンサスと考えても良いでしょう。それは、相手がいくら抗弁をしようと、最後には『万人』の重さに抗することは出来なくなるのです。 私が、見苦しく抗弁を垂れている相手に必ず言う言葉があります。 『もし、あなたが建築主の立場たったら、この状態でお金を支払うのですか。』といった意味の言葉です。 注:『万人』の意見(社会的コンセンサス)に形やマニュアル、規範集があるわけではありませんよ。だからこそ、違憲合憲、有罪無罪の判例のブレがあるのですから。
■尺度は何か このような過剰に心配したり、不必要に弱気になったりしないためにはどうすればいいのでしょうか。 ポイントは2つあります。 一つは、目の前の問題は上の3つのどれに該当するのかをしっかりと把握出来ていること。次に客観的な尺度を持て。ということなのです。 技術的法的尺度があるのに、勝手な見聞を尺度としていては、相手とも溝は深まるばかりですね。 そういうものがないなら、『万人』が見つめる普遍的なコンセンサスが尺度なります。 そして、世の中のすべての争い事は、この尺度の違い。あるいはどちらの尺度に合わせるのかの争いなのです。 ・これは問題施工だ。と考えたとき、そう考えた尺度(物差し)はなんですか? ・工事が汚いじゃないか。と考えたとき、そう考えた尺度(物差し)はなんですか? ・契約違反だ。と考えたとき、 そう考えた尺度(物差し)はなんですか?
■交渉(尺度)の要諦 どうすれば交渉に優位に立てるのか。それは、今まで述べてきたことの裏返しです。 ・法的根拠や技術的根拠が明確なほど、相手は反論出来なくなる ・社会的コンセンサス「万人の意見」に近いほど、誰も反論は出来なくなる ということなのです。 一度冷静になって、自分はどんな尺度で言っているのだろうか。問題だと考えているのだろう。と問いかけると、その考えや要求が妥当なものか、過剰なものかを示してくれると思いますよ。 そして、私がトラブルの相談を受けたとき、交渉が成功裏に終わるかどうかの判断の基準となっているのは、この2つのことだけなのです。 逆に言えば、この状態が弱いほど、相手の反論は強くなり、あるいは解決も遠のくのです。
■助言者を持て でも、もっと大事なこと。それは助言者を持つことです。 思いこみや自信過剰の建築主の方も、自信喪失気味の建築主の方も、そうなる最大の原因は誰にも相談出来ない・・ということなのです。 次のようなお便りをいただきました。 『振り返ってみますと、間取りの設計までは楽しかったのですが、実際に工事が始まってみると何が良くて何が悪いのかわからず、瑕疵をチェックするにはどうすればよいのかもわからず、毎日不安にさいなまれながら工事を見守っていました。』 育児ノイローゼ同様に、身近に相談出来る人のいない核家族化、都市化が大きな背景ですが、何もかも自分の得た知識や情報だけで判断をしなければならないところに大きな原因があるのです。あるいはしようとしているところに問題があるのです。 交渉上手な人。 それは正しい尺度を使って、 問題点の善悪・良否を計り、 自分のおかれた位置を確かめ、 助言者をうまく活用したひと でもあるのです。 |
■補足 交渉上手な人は、言い換えれば、不要なストレスを自分で抱え込まない人なのです。 間違った尺度を使うことは、結果として、自分自身が紛争解決をいたずらに長引かせているに過ぎないのです。 |